医療崩壊を加速させる人為的看護婦不足

2006年春の診療報酬改定で導入された看護基準は、突然の看護婦不足を招き多くの病院の経営を危うくさせ、「医療崩壊」を加速させている。そこには、看護婦不足を創り出したい看護協会の強い意向が反映している。以下に新看護基準の問題を見てみたい。

病院の首を締め上げる夜勤72時間規制

診療報酬には入院基本料と呼ばれる報酬の区分がある。患者が一日入院すると一定額の診療報酬をもらえる仕組みだ。この入院基本料の算定には、看護婦の配置が要件になっている。病院は、「患者何人に対して看護婦何人」という割合を決めて届け出なければならない。その中身を簡単に見てみよう

  • 「正」看護婦の数が重要

看護婦には、「正」看護婦と准看護婦という資格の区分がある。「正」がつくからといって別に正しいことをするという意味ではない。正式の看護婦を「正」看護婦という。これに対し、准看護婦は、看護婦の廉価版だ。准看護婦の資格は、割と簡単に取れる認定資格だ。これに対して、「正」看護婦は、国家試験で免許が与えられる。実質的には同じ仕事をしているし、見た目もそっくりなのだが、値段が違う。ひらめとカレイの違いのようなものだ*1
参照(wikipedia 看護師): http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%8B%E8%AD%B7%E5%B8%AB#.E5.87.86.E7.9C.8B.E8.AD.B7.E5.B8.AB

「正」看護婦の数は、診療報酬に影響してくる。例えば、「7:1看護」という区分に該当するためには「正」看護婦の数が70%以上いなければならない。だから准看護婦(看護師)や無資格の「看護助手」が沢山いても、「正」看護婦を沢山雇っていなければ、入院基本料は雀の涙になってしまう。つまり、病院にとって「正」看護婦は金のなる木だ。どんな出来損ないでも、タバコふかしてサボっていても、昨日まで20年間主婦やっていても、看護婦免許さえもっていれば、お金になるのだ。

  • 患者に対する看護スタッフの割合が高ければ診療報酬を沢山もらえる。

看護配置基準では、それまで、常勤換算で患者2.5に対して一人の「正」または准看護婦が勤務していいれば良かった。それに対して、新規則は実質的な勤務時間で計算するようになった。例えば、「7:1看護」では患者7人に一人とか、「10対1看護」では10人に一人とかのランク付けになった。これで、より多くの看護婦が必要になったと言っていいだろう。

  • ここに、さらに、鬼の新規則「夜勤72時間規制」が加えられた

新しい規則は、「一ヶ月間の一人あたり平均夜勤時間数を72時間以下に」と夜勤時間の上限を定めている。それをクリアしないと、一番安い入院基本料しかもらえない。
対患者の看護婦割合や、「正」看護婦の人数が基準を満たしていても、平均夜勤時間が72時間を超えているとすべての努力は水の泡になって、最低数の看護婦(看護師)しかいない病院と同じ入院基本料しかもらえないのだ。
一人平均夜勤時間が72時間というと、8時間毎に交替する「三交替」なら準夜勤と夜勤をあわせて9回。16時間で交替する「二交替」だと4回しかできない。圧倒的に看護婦の数が足りなくなる。
こうして、看護協会=看護狂会の目論見通り、突然の看護婦不足が生じた。実に過激な「人為的看護婦不足」が創出されたのだ。

経営難に青息吐息の病院

今や、どこの病院も、勤務表作りと看護婦集めに必死になっている。平均夜勤時間72時間の基準を満たすことが出来なくなると、大変な減収になる。何千万円、いや、下手すると億を超える減収を被ってしまうのだ。

それでも、いい加減な病院だけがひどい目に遭っているのなら、良い。しかし、真面目にやっている病院や、手厚い看護をしている病院が大きなダメージを受けているのは見逃せない。

ある病院コンサルタントと話をしていたら、「結構な数の病院がつぶれるでしょうねえ」とサラリと言っていた。

「分母対策」と「分子対策」

しかし、手をこまねいている訳にはいかないので、各病院、いろいろな対策を講じているようだ。

新看護基準への対応策にはまず分母対策がある。つまり、平均夜勤時間が少なければいい。そのためには分母を増やせばいい。平均夜勤時間の算出の際の分母は、月に16時間以上夜勤帯に働いている看護婦の数だ。

だから、多くの病院は、分母対策として、今まで夜勤をやっていなかったり、夜勤時間帯の労働時間が少なかったりした看護婦を、無理矢理でも夜勤時間帯に働かせようとしている。一方、もっと夜勤をやって、夜勤手当を稼ぎたいと思っている看護婦は、逆に夜勤に制限がかかるので稼げなくなってしまった。

分子対策も必要だ。規則では夜勤だけをする看護婦の夜勤時間は分子から除いて良いことになっている。だから、病院は、夜勤専従の看護婦を雇おうとしている。

そして究極の対策が、先に紹介した猛烈院長先生のおっしゃっていた二重勤務表作成だ。こうなるともう何でもアリになってしまう。

*1:准看護婦の資格は、実は医師会が作った。看護婦の数が足りなくて困った医師会は、看護婦より短い期間で養成できる准看護婦という資格を作らせてしまったのだ。准看護婦制度は看護協会にとっては、足につけられた鉄鎖のようなものだった。いくら地位向上や、看護婦の給与引き上げは図っても、准看護婦の存在が邪魔になる。参入制限が効かないからだ。看護協会は「准看養成制度廃止」を叫び続け医師会と対立してきた。准看制度廃止を悲願とする看護協会は、医師会との対立を巧妙に回避し「正」看護婦の価値をつり上げる戦略を立てた。彼女らは医療の質を錦の御旗にして旧厚生省に働きかけ診療報酬の支払いの要件として「正」看護婦が一定数いることを要件とさせることに成功したのだ。こうして生まれたのが「基準看護」と呼ばれた診療報酬支払い制度だ。この規則は病院経営を圧迫するものだった。しかし、医師会はもともと開業医の団体なので、病院経営がどうなろうと知ったことではない。それより、彼らの唯一の存在理由である診療報酬引き上げ運動に看護協会の協力を得ることの方が重要だった。こうして、医師会と看護協会の、准看護婦制度についての対立を温存したままのいわば相互依存相互反発の共闘関係が出来上がったというわけだ